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凡人が天才に勝つ唯一の方法。そして、凡人は天才に勝てないこともあるという結論

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僕が尊敬している作家さんに水野敬也 先生という方がいます。

 

夢をかなえるゾウ」「人生はニャンとかなる!」などの作品が有名で、あまりにも著作が素晴しすぎて先生本人の外見とはギャップが生じているため「顔を見るとガッカリする作家」としても有名な方です。

 

そんな水野先生はブログでも文章を発表しているのですが、そのブログの中でも僕が特に気に入っていて、何度も読んでいる記事があります。

それが、「天才の倒し方」

 

ameblo.jp

 

センスのいい方にはわかると思いますが、タイトルを見ただけで「あっ、これは世紀の大発見レベルの内容が書いてあるな。」と、ピンッとくるはずです。

実際、僕もはじめてこのタイトルを見た時はピンッときました。

 

読むとピンッは確信に変わったのですが、

  • そもそも天才とはなにか(天才の定義)
  • 天才の弱点
  • 天才の倒し方

までが詳細に書かれていて、初めて読んだときには「しめしめ、これで僕も天才に勝てるぞ。」とほくそ笑んだものです。

 

最近になってこの「天才の倒し方」を自分なりにわかりやすく解説して当ブログの記事として書こうと思い、実際に1000文字くらいは下書きを書いたのですが、自分の下書きと水野先生のブログを読んで見比べれば見比べるほど、どーしても見劣りしてしまいます。

 

普段の僕だったら見劣りしていても気にしないのですが、水野先生の記事があまりにも素晴らしすぎるため、自分なりの「天才の倒し方」を書くのはやめました。

 

そのかわり、恐れ多くも水野先生の記事では書かれていない「天才の実例」を紹介し、水野先生の記事に対する”補足”とさせていただきます。

 

 

天才の実例1:マリリン・ボス・サバント

マリリン・ボス・サバントというのはアメリカに住んでいる女性で、「存命中の世界一IQの高い人物」としてギネスブックに登録されたこともある人物です。

彼女のIQは200以上とも言われ、間違いなく”天才”と呼べる人物。

 

そんなマリリン・ボス・サバントさんですが、モンティ・ホール問題で有名な人でもあります。

 

 

元ネタはアメリカの長寿番組『Let's Make a Deal』中に登場したゲーム。
番組司会はモンティ・ホール。問題の名称は彼に由来する。
ゲームルールは以下の通り。

 

1、プレイヤーの前にはA,B,Cの3つのドアがあり、その奥には当たりが1つ、ハズレが2つ用意されている。

 

2、プレイヤーがドアを1つ選択する(この時点では開けない)。

 

3、モンティは正解のドアを把握しており、残された2つのうちハズレのドアを1つ開ける(2つともハズレの場合はランダム)。これはプレイヤーの回答に関わらず必ず行われ、そのことは予めプレイヤーも認識している。

 

4、モンティは「今なら選択を変更して構いませんよ?」とプレイヤーに問いかける。

 

さて、このときプレイヤーは最初の選択を変更するべきか、否か。

 

ニコニコ大百科より

 

これに対してマリリン・ボス・サヴァントさんは自身が連載する雑誌のコラム「マリリンにおまかせ」において上記の読者投稿による質問に「正解は『ドアを変更する』である。なぜなら、ドアを変更した場合には景品を当てる確率が2倍になるからだ」と回答。

するとその直後から、読者からの「彼女の解答は間違っている」との約1万通の投書が殺到。その中には博士号所持者からの物もかなりあったそうです。

マリリンが解答の根拠を論理的に説明しようとしたものの理解されず、本問題は大議論に発展しました。

 

 

僕のような凡人の感覚としては、「不正解のドアを開いて見せたあとに残った2つのドアのうち、どちらを開けても正解・不正解の確率は50%ずつで変わらない」ように感じます。

 

ところが確率をよーく調べてみると、マリリンさんが回答したように「ドアを変更した場合には景品を当てる確率が2倍になる」ことが証明され、マリリンが天才であることが実証されてしまいました。

 

この件でわかることは「天才は実在する」ということと、「天才の思考回路は凡人には到底理解できない」ということですね。

 

 

天才の実例2:シュリニヴァーサ・ラマヌジャン

シュリニヴァーサ・ラマヌジャンはインドの天才数学者で、映画『奇蹟がくれた数式』のモデルになった人物でもあります。

 

 

彼は数々の数学の難問を軽々と解き明かしましたが、

「どうやって解いたんだ?」

という周囲からの質問に対してはいつも

 

「寝てる間に神さまが教えてくれた。」

と答えていたそうです。

 

「どうやって難問を解いたのか証明できない、でも、いつもラマヌジャンの答えは正しい。」という摩訶不思議な状態。

 

冒頭に紹介した水野先生の記事でいうところの、

「天才は天才であるがゆえに、なぜ自分が天才的な成果を出せるのか自分でもわからない」

の典型例ですね。

 

伝説級の東大教授

読んでて笑っちゃったんですが、こちらの東大教授の逸話を読んで

天才ってやばいな。

と素直に感心しました。

 

gendai.ismedia.jp

 

 天才には勝てないかもしれない…

さて、天才の実例をいくつか見てもらいました。

 

僕はもう心が折れました。

 

 

天才を倒すのは無理なんじゃないかと。

 

水野先生が解説していたように、おそらくスポーツや料理の分野では天才を打ち倒すことも可能でしょう。

 

しかし、学問など頭脳的な能力を要求される分野では、どんなに頭がよくなるための練習を繰り返したり天才に勝つための研究を続けたりしたとしても、天才には敵わない気がします。

 

天才たちとの間にある差が、学習や練習、試行錯誤によって埋められるようなものではなく、もはや生まれつきのセンスとしか思えないからです。

 

 

ということで、恐れ多くも水野先生の「天才の倒し方」に異論を投げかけるような結末になりました。

 

僕は「すべての天才を倒せるわけではないが、一部の天才を倒すことはできる。」とだけ表現しておきます。

 

 

もちろんこれは凡人である僕が天才たちに対して白旗をあげたことを意味しているわけではないし、天才を倒そうと努力している方たちを否定する意味でもありません。

 

天才のなかには

  • 凡人が努力すればいつかは倒せる天才 と
  • どんなに努力しても倒せない天才

の2種類がいることを意味しているだけです。

 

 

ただ、個人的には、天才を倒そうとする方たちがたくさん現れてくれることを期待しています。

 

相手が「どんなに努力しても倒せない天才」だとしても、挑戦しなければ倒せる確率はゼロ%のままだし、強大な相手に挑戦し続けるのもまた、人生を充実させる手段の1つだと考えているからです。