文章や口頭で何かを伝える際、「”自分が考えている常識”を基準にするのはよくないなー。」と思うような情報をいくつか目にしたのでご紹介します。
「常識」や「当たり前」の基準は人それぞれ違うので、相手の基準に合わせて伝えるようにしないとこちらが伝えたいことが上手く伝わりません。
まずはこちらの事例から。
ITスキルが使えるとは限らない
ツイッターみたいなIT強者の多いところで「PTAにいるPDFをひらけない保護者」や「YouTubeの使い方を知りたいからYouTube屋さんに行きたい高齢者」みたいな人たちの存在の話を書くと、必ず「今時IT使えない奴は切り捨てろ」みたいな過激派が現れるんですけどね。
— なちゅ。@育児マストドンBabuu (@itacchiku) 2019年4月19日
これからの社会において、ICTというものが幅広く生活に溶け込み生活必需品になるほど、こういうIT弱者を無視したらあかんのですよー。で、そういうのは当事者のスキルアップだけではしんどくて、システムで対応していったほうがいいんですよね。シンプルな機能とかわかりやすいUIとか。
— なちゅ。@育児マストドンBabuu (@itacchiku) 2019年4月19日
ほんこれ。「PDFを開く」からしてつまづく人が発生するのがPTAのLINEグループなので、そこで(え…押したら開くよね?スマホなら PDF見られるやろ…)とか思ってはいけないのです。画像とPDFと両方送って「見やすいように両方送りました!中身は同じでーす!」って説明を添えるとかが必要なんですよね。
— なちゅ。@育児マストドンBabuu (@itacchiku) 2019年4月18日
「入稿しました」と言わずに「印刷所にデータ送りました〜!」とか。用語を噛み砕くの大事。一見めんどくさいけど、それが一番早い。「知らないことを咄嗟にググる」のも、「それよくわかりません」と表明するのも、簡単なことではない人が少なくないのだと学んだのさ…。
— なちゅ。@育児マストドンBabuu (@itacchiku) 2019年4月18日
とくに重要だったのはこの部分。
「PDFを開く」からしてつまづく人が発生するのがPTAのLINEグループなので、そこで(え…押したら開くよね?スマホなら PDF見られるやろ…)とか思ってはいけないのです。画像とPDFと両方送って「見やすいように両方送りました!中身は同じでーす!」って説明を添えるとかが必要なんですよね。
普段当たり前のようにインターネットを使いこなし、当たり前のようにいるパソコンを使っているとついつい忘れてしまうのですが、世の中にはインターネットを使ったことがないしパソコンを触ったことがない人もたくさんいます。中にはPDFの使い方がわからない方とか、つい最近インターネットを使い始めた人もいるわけです。
そいった方たちの存在を無視して”パソコンが得意な人の常識”で考え、デジタルデータで情報を伝えようとしても、自分の伝えたいことを正確に伝えることはできません。
相手はデジタルデータの開き方がわからないどころかパソコンすら使ったことがないかもしれないんですから、当然といえば当然です。僕も相手の立場をよく考えずに発言してしまうことがあるので反省しました。「まだ現金で消耗してるの?」とか。
文字が読めるとは限らない。文字が書けるとは限らない。
続いては「文字が読めないかもしれない」という事例。
破産の依頼者でどうしても申立が進まない人がいた。事務所で書類を書いてもらおうとしたところ、書き出さない。色々声かけをしても同じ。
少しイライラして「書いてもらわないと進まないですよ」と伝えたら、意を決したように、私の顔を見て「先生、俺、字が書けないし読めないんですわ」と言った。
— はし (@free_andpeace) 2019年4月24日
私は21世紀の日本で字が読めない人がいるなんて思っていなかったから、一瞬何を言っているかわからなかった。
しかも、その人は仕事をしていて、家庭もあった。「家族だけです、知っているの。家族は助けてくれる。職場では読めるフリをしている。それでなんとか何十年も仕事をしてきた。
— はし (@free_andpeace) 2019年4月24日
名前と住所は練習して書けるようになりました。ひらがなは読めます。でも漢字が読めないからATMでの振込みも娘に助けてもらわないとできない」
「小さい頃、親父が俺と母親に暴力をずっとふるっていて、小学校にも通わせてもらえなかったんです。」
— はし (@free_andpeace) 2019年4月24日
「家族以外誰にも言ったことがなくて…言わなくてすみませんでした」
と謝られた。
私は自分の無知を恥じた。イライラした自分が情けなかった。依頼者に嫌な思いをさせたことを謝り、相談して今後の手紙は全部ふりがなをふる約束をした。
— はし (@free_andpeace) 2019年4月24日
10年以上前の事件だけれど、たまにその依頼者を思い出す。自分の想像する世界がすべてではないこと、人には様々な事情があることを教えてもらった。
全く連絡はないけれど、お元気で過ごされていることを祈りたい。
— はし (@free_andpeace) 2019年4月24日
伸びているので追記。
虐待など劣悪な環境で過ごしてきた子どもたちの中には、漢字が読めない子、書けない子、掛け算(場合によっては、足し算)ができない子もいます。識字障害の子も。
あれ?と思ったら、やさしく声をかけてくださると嬉しいです。
— はし (@free_andpeace) 2019年4月24日
これは衝撃的でした。
日本人なのに文字が読めない、書けない人がいるなんて想像すらしたことがなかったです。自分がいかに無知で狭い世界に住んでいるのか思い知らされました。
日本では小学校に入学するとすぐにひらがなの読み方・書き方を教えられ、6歳の子どもでも読み書きできる子がほとんどです。僕も小学校で習いましたが、小学校に入学する前からカルタ遊びをしていたり50音表のポスターが家に貼ってあったりしたため文字で苦労したことがありません。
しかし日本の識字率は99%とされ100%ではありません。未就学児以外にも文字を読んだり書いたりできない方が存在します。
日常生活には大きな支障がないかもしれませんが、文字が読めない方の存在を忘れたり無視したりするわけにはいかないな…と思い知りました。読み書きできない相手には口頭で伝えたり、音声や動画で伝えたりする必要がありそうです。
文字が読めないまま社会に放り出された方たちのことは、過去にクローズアップ現代にも取り上げられたことがあるみたいですね。
ひらがなも書けない若者たち ~見過ごされてきた“学びの貧困”~
情報を伝えるには想像力が必要
パソコンスキルがどの程度か毎回確認する必要はないと思いますし文字が読めるかを毎回確認する必要もないのですが、相手がどの程度のことを知っているのか?どういった環境で生きてきたのか?を想像し、相手の状況に合わせた対応は必要だと思います。
こういうのって営業が得意な人は自然にできていたりするのですが、人と接する機会が少ない方は苦手だったりします。(←これも僕の”常識”で想像したことに過ぎません)
「自分が知っていることなら相手も知っているはずだ」
「俺が知らないことなら隣の人もきっと知らないはずだ」
「私ができるんだからあの人にも出来て当たりまえ。」
こういった考えのまま人と接すると、身勝手で独りよがりで自己中心的な人だと思われます。
何かを伝えたいときには相手の立場や状況を想像し、理解し、相手に合わせて伝えるのが大事です。
アメリカ人と付き合いたいなら I love you.(アイラブユー)
中国人と付き合いたいなら 我愛你(ウォーアイニー)
と伝えるのと同じ。
もちろんアメリカに住む中国人や中国生まれのアメリカ人もいます。中国人だけど母国語が嫌いな方だっているかもしれません。だから相手に合わせるのが大事なんです。
この言葉が胸にチクリときます。
自分の『常識』が相手にとっての『常識』でないことは良く在ります。だから会話は難しい。
— BEAUTIFUL PHOTOS (@ProPhotoHiro) 2019年4月19日
人と接するときは自分の常識を押し付けるのではなく、思いやりを持って接したいですね。
コメント